第2編 「人は其を天才と呼ぶ」
才なき者 が 才ある者 を羨む——
今も昔も変わらず、哀れで愚かしい
人間の性よの
そなたもそうなのではないか?
力ある者をみては
羨み、妬み、憎しみ、あまつさえ崇拝する
自分にできないことができる者は強く
自分の知らないことを知る者は賢く
自分の持たないものを持つ者は偉く
自分に見えないものが見える者は優れている
彼らは人に恵まれ
彼女らは環境に恵まれ
そして生まれつきの才に恵まれている—
そうして悲観と卑屈と羨望と憎悪と
数えきれないほどの醜い嫉妬と
自分の無力を噛み締めて
最後にはこう言うのだろう?
ああ、生まれつきの——天才なんだ——と
フフッ
まったく——
まったく、くだらぬ——
見るに耐えぬな
あまりの愚かさに笑いを禁じ得ぬ
随分と身勝手な値踏みをするものよ
天才がなにもかわからずに
愚かなそなたらに余が教えてやろう
天才とはなにを指すのかを——
足らぬ想像力を働かして思い浮かべよ
そうじゃな
仮に二人のバスケットボール選手がいるとしよう
一方は稀にみる高身長で
パスもシュートも圧倒的に有利な体格の持ち主
一方は洞察力に優れ
周囲が予想もしないような突飛なパスを繰り出す
さて、この二人
優れたプレイヤーであることに変わりはない
が、しかし—
そのプレーを見て多くの人はこう言うであろう
後者のプレイヤーこそ 天才だ と—
果たしてそれはなぜだと思う?
足らぬ頭を回して考えよ
答えを待つだけなど
餌を待ち、口を開けるだけの雛鳥の変わらぬぞ?
よいか、そもそも才などというものは
単なる生まれ持った個性、特徴に過ぎぬ
他者と比べたときの僅かな能力の差
才の差異——
そして、その才(差異)が
希少的で 社会的な価値を持ち 理解の範疇を出た時
——人はそれを「天才」と呼ぶ
なんじゃ
頭に ? が浮かんでいるのが見えるぞ
まったく、足らぬ理解力よの
よく聞け
というかよく読め
まず、才と呼ばれるものの第一条件として
—他者と異なっている必要がある
—差異がある必要がある
これは理解できるであろう
そしてそれが
—ありふれていないこと、希少であること
これもまぁ直感的にわかるであろう
重要なのはここからじゃ
—その才が世の中の人にとって価値があること
どれだけ早く瞬きができたところで
誰もそれを天才とは呼ばないであろう
その才を欲し、評価する人がいて初めて
その価値は生まれるものじゃ
そして最後に——
—その才が理解の範疇を超えていること
先ほどの話
長身の選手が、なぜ天才足り得ないのか
それはその優位性を見て、理解できるからじゃ
見るからに背が高く、それ故にパスもしやすく
ゴールも狙いやすい
誰が見ても理解できる
単純で簡潔で明確じゃ
しかし優れた洞察力を推し量るのは容易ではない
その選手には何が見えて、何を感じ、
何を考えているのか
想像し難く、理解し難く、表現し難い
優れているのは明確なのに
何がどう優れているのかは不明確じゃ
故に、人々は理解を諦め
やがてそれを「天才」と呼称する
ここまで来れば
頭の足らぬそなたでもわかるであろう
天才などというものは
生まれ持った能力を指す言葉ではないと——
人の縁や周囲の環境に不遇を託つことに
なんの意味もないと——
常人の理解の及ばない域にまで
磨き上げられた能力
それを身につけた者こそが天才
もちろんそれは容易なことではない
常人の理解を超えるためには
常人の理解を超える努力と鍛錬が必要じゃ
しかし だからこそ、それでこその天才なのじゃ
フフッ
まったく——
まったく、くだらぬ——
天才に嫉妬して
天才に憧れて
天才を妬んで
天才を崇拝して
くだらぬ——
——天才なんて、
——その気になれば誰でもなれるというのに
——ところでそなたは気づいておるか?
ここまでの語り
人外ほどの努力で天才になれるとはいえ、
生まれ持っての才もまた
決して天才を否定していないということを
天才は越えられない壁ではなくとも
生まれつき天才足りうる能力を持つ者は
たしかに存在するのだということを
フフッ
どうやらその足らぬ頭では
まだまだ天才どころか
詭弁の域にも届かぬみたいよの
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